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第1景 井の頭公園と妻の図
何気なく電車の天井にぶらさがっているポスターを見ますと、夫の名が出ていました。それは雑誌の広告で、夫はその雑誌に「フランソワ・ヴィヨン」という題の長い論文を発表している様子でした。私はそのフランソワ・ヴィヨンという題と夫の名前を見つめているうちに なぜだかわかりませぬけれども、とてもつらい涙がわいて出て、ポスターが霞んで見えなくなりました。 吉祥寺で降りて、本当にもう何年振りかで井の頭公園に歩いて行って見ました。 坊やを背中からおろして、池のはたのこわれかかったベンチに二人ならんで腰をかけ、家から持って来たおいもを坊やに食べさせました。 「坊や。綺麗なお池でしょ? 昔はね、このお池に鯉トトや金トトが、たくさんたくさんいたのだけれども、いまはなんにも、いないわねえ。つまんないねえ。」 坊やは、何と思ったのか、おいもを口の中に一ぱい頬張ったまま、けけ、と妙に笑いました。わが子ながら、ほとんど阿呆の感じでした。 |
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